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Black Gypsyと例えられるEddie Southはジャズの分野で初めてジプシーのメロディを弾いたバイオリニストです。それはStephane Grappeliよりも数年遡ります。すなわち、1980年代にジプシージャズと定義づけられた音楽ジャンルのバイオリン奏法の明文化されたルーツではないかと考えられます。
1904年11月27日生まれのSouthは、1910年代終わり頃、ロシアのバイオリニストPetrowitsch Bissinと机を並べてシカゴ音楽大学でクラシック音楽の専門教育を受けました。しかしながら、(たぶん黒人という理由で)クラシックのオーケストラで職を得ることができず、当時のシカゴの有名なジャズメン、例えば、Freddie Keppard、Jimmy Wade、Charles Elgar、Erskine Tateらとジャズ演奏を行う方向に、クラシック演奏からスイッチしました。1923年にJimmy Wade’s Syncopatorsに加入したのがキャリアの始まりです。最初の録音はJimmy Wade’s Moulin Rouge Orchestra名義の「Someday Sweetheart」でした。
“Someday Sweetheart”
December 1923, Chicago
Jimmy Wade – cor; William Dover – tb; Arnett Nelson – cl, as; Vernon Roulette – cl, ts; Eddie South – vln; Teddy Weatherford – pf; Louis “Buddy” Gross – bb; Edwin Jackson – dr;
1927年にシカゴのClub Alabamに出演するメンバーで、自身のバンドAlabamiansを結成しましたが、ロマ(ジプシー)音楽を含む、ハンガリーの民族音楽に大いなる興味を持ったSouthは、1928年から1930年の間、欧州に渡り、パリ音楽院で学び、またハンガリーのブタペストでも音楽を学びました。
1929年、Eddie South and his Alabamians名義でパリで録音を2曲残しました。このうち、「Two Guitars」は、今日でもロシア民謡やジプシー民謡としてよく演奏される作者不詳のトラディショナルですが、音楽留学の成果をここに活かして、史上初のジャズとジプシーメロディの融合をバイオリンで行いました。(クレジットによってはEddie South作曲となっている場合もあります)
“Two Guitars”
12 March 1929, Paris
Clifford King – cl, bcl, as; Eddie South – vln; Antonia Spaulding – pf; Sterling Conaway – g; Jerome Burke – dr;
また、帰国前の1930年に南仏にツアーをした際、そこで療養中だったDjango ReinhardtがEddie South and his Alabamiansの演奏を聴いたということです。中でも「Two Guitars」の演奏をかなり気に入ったと伝記にありますので、後にStephane Grappelliとのコンビを組む時のその影響は想像がつきます。また、オフステージではまだギターを弾いて間もないDjangoとのセッションもあったということで、Southはこの時のDjangoの印象を強烈に覚えていたようです。その後、1934年にDjangoはStephaneとコンビを組み、1936年頃には英国盤の彼らの演奏が米国にも伝えられて、知る人ぞ知るミュージシャンズ・ミュージシャンになりました。SouthはDjangoとの再会を夢見て1937年に再度渡仏します。1937年のDjango-Southのパリでの共演録音は10曲残され、いずれもがジャズ史に残る名演となっています。
“Sweet Georgia Brown”
29 September 1937, Paris
Eddie South – vln; Django Reinhardt – g; Milson Myers – bs;