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入手して約1年、今メインのギターとして使っている2005年製Dupont VRBのネックが変になった。今年の暑さのせいか、あるいは、太めのジプシー弦を張りっぱなしにしてたせいか、アジャスタブルロッドをいっぱいに締めてもネックが順反ったまま、12フレット6弦側の弦高が5mm近くになっていた。
ロッド調整が効かないので、ネックの反りは指板の摺り合わせで平らにするしか無いのだが、1年も弾き続けたこともあり、フレット交換もそろそろということで、迷わず作業にかかった。この連休中に復活させたい。
指板の摺り合わせをするため、ナットが邪魔なので外しておく。フレットより先に外すのは、セルマー/マカフェリ・タイプのギターにはゼロ・フレットがあるため、ゼロ・フレットを先に抜いているとナットを外す時に指板が割れやすいからだ。
1978年、大学入学と同時に同級生とブルーグラスバンドを組みました。若い野望の下、在学中は北へ東へ西へ南へ演奏旅行をして、日本中に同年代の音楽仲間を増やしました。そのバンドが1981年に「関関同プー」を名乗りました。僕はすでに中退して、食えないまでもプロとして活動していたので「プー」。他のメンバーは在関西の大学からの寄り合い所帯だったので、インスタントでこの名前になりました。
それから30年経ちました。卒業とほぼ同時にバンドとしての活動は無くなりましたが、メンバーはそれぞれが自分のスタイルで音楽と関わってきました。奇しくもFacebookでメンバーの三人が再会し、30年を記念してライブしてみようということになり、齢五十を廻り多忙な生活を調整して、東京と神戸で一回ずつリユニオンライブを行います。
1978年、大学入学と同時に同級生とブルーグラスバンドを組みました。若い野望の下、在学中は北へ東へ西へ南へ演奏旅行をして、日本中に同年代の音楽仲間を増やしました。そのバンドが1981年に「関関同プー」を名乗りました。僕はすでに中退して、食えないまでもプロとして活動していたので「プー」。他のメンバーは在関西の大学からの寄り合い所帯だったので、インスタントでこの名前になりました。
それから30年経ちました。卒業とほぼ同時にバンドとしての活動は無くなりましたが、メンバーはそれぞれが自分のスタイルで音楽と関わってきました。奇しくもFacebookでメンバーの三人が再会し、30年を記念してライブしてみようということになり、齢五十を廻り多忙な生活を調整して、東京と神戸で一回ずつリユニオンライブを行います。
バンジョーの金属パーツは曇りやすい。(もしあなたのバンジョーが曇らない金属パーツでできているなら、申し訳ないけどそれは安物で音も悪い。)ちゃんとしたバンジョーは、ほっとくと緑青まで出てくるので、常に乾拭きしておく必要があるのだが、演奏中に汗などが付着して、乾拭きする前に化学反応を起こしている場合もあるから厄介だ。
というわけで、夏休み最後の日曜日、なんと20年ぶりに愛器の分解掃除を行うことにした。金属パーツの曇りを取るだけで、飛躍的に音の響きが良くなることは、一度でも分解掃除をしたことのある正統派バンジョー弾きならご存知のはずだ。20年ぶりのメンテナンスでどれだけ音が良くなるか楽しみだ。というか、音を良くする必要があって分解掃除するのだ。
久々に大阪でギターのライブをやります。(この日以来かもしれません。)
大阪で次の日に所用ができたところ、ギターの川瀬さんが上手にブッキングしてくださいました。ジプシージャズみたいな音を出す予定です。
大阪のおともだちの皆さん、よかったら来てね。